第4話(#16) 白熱、予選ラウンド!

1

午前七時ちょうどにトーキョー駅を出発した新幹線《あいな二〇三号》は、東海道をひたすら西へ向かっていた。
ミニ四駆選手権全国大会、第二戦の舞台はナゴヤ。会場は開幕戦、フクオカ《ワカタカドーム》と同じく、ドーム球場《オレリュードーム》。あゆみ達は三人掛けのシートを対面させ、最高速度二百五十キロ以上で進む車体に揺られていた。

「うおっ、今のシズオカ? ミニ四駆のふるさとだろ? あー、一回行ってみたいんだけどなー」
「涼川さん、ちょっと声が大きすぎ」
「えー? だってあっちの子供の方が大きいですよ?」
「あなたは子供と張り合ってどうするの!」
「そう言われると……でも、あたしって大人? 子供? 会長は大人ですか? それとも子供?」
「何を突然聞くのよ! そんなの、わかんないわよ」
「まあまあ、二人ともレースの前に、あんまりお互い刺激するようなことはやめてください! 今日の午後なんですよ!」
「ん、あ、まあ、そうだな」
「そうね、ごめんなさい、猪俣さん」
「いいえ……」

予選ラウンドは四チームによる総当たり戦。初戦を落とした《すーぱーあゆみんミニ四チーム》にとって、第二戦を落としてしまうと、ほぼ後がなくなる。数字上、二敗しても決勝進出の可能性がゼロになるわけではないが、他のチームの動向に左右されるため希望は持てない。全力で勝ちにいく以外に、先へ進む方法はない。それが事前のミーティングで確認した結論だった。

「それにしても」

気まずくなってしまった責任を感じて、ルナが声をかける。

「たまおちゃんとたくみちゃん、新幹線が動いた途端に寝ちゃいましたね」
「そう言われれば、確かに」

窓際の席に向かい合って、二人は静かに目を閉じていた。膝の上に載せたリュックを抱え込むようにして、深く眠っている。
リュックの中にあるのは、二台のニューマシン。メトロポリタンハイウェイを舞台に行われたバトルから今日まで、一日しか経っていない。その間、セッティングを確立させるためのテスト走行、改造、そしてまたテスト走行と、二人は自身の《デクロス・ワン》を理解するために多くの時間を費やしてきた。その結果がどれほどのものなのか、あゆみ達は実際の走りをまだ見ていない。

「私たちも、今できる最大限を、悔いのないようにぶつけるだけ。それ以外に、道をひらく方法なんてないからね」

奏の言葉に、二人は深くうなずいた。

2

《オレリュードーム》の付近に、選手がまとめて泊まれるホテルがないため、ナゴヤ駅周辺のホテルに各チームは分散して宿泊することとなっている。《すーぱーあゆみんミニ四チーム》に割り当てられたのは、駅に隣接している高層ホテルであった。

「しっかしまー、《財団》さん、またもや高級なホテルを手配してくれたもんだねー」
「高級? そうでしょうか?」
「あー、まー、そうだねー」

邪念のないルナの言葉に、あゆみは返す言葉がない。

「ほら、通行の邪魔になるから、道の真ん中はあけなさい」

ツアーガイドよろしく奏が先頭を歩き、あゆみとルナが続く。その後ろを、たまおとたくみが追いかけていく。
あゆみが振り返り、声をかけた。

「早乙女ず、付いてきてる?」
「大丈夫」
「心配すんなって」
「うーん……」

これまでなら、はしゃぐたくみをたまおがたしなめる、というのが定番のやり取りだったのだが、そんな声は聞こえてこない。落ち着きはらった二人の姿は、急に大人びて見えた。

「あーっ!」

あゆみが感慨にひたる間もなく、たくみが頭のてっぺんから大声を上げた。

「急に何よ、たくみ」
「だってさ、たまお!」
「えっ?」

あゆみは耳を疑った。クールで無口だったたまおと、双子とは言え姉に対して上手に出ることは決してないたくみ。そのアンバランスさに少しだけ、違う力が加わったようだった。

「あれ、やっぱりそうだよな? たまお、あれ《ハッピーストライプ》のボーカル、《ジャンヌ》じゃない?」
「え、どれ?」
「あそこ!」

たくみが指さした先、ホテルのロビーへ続くエレベーターの入り口近く、女の子ばかりの人だかりが確かにできている。その中心にいるのは、ギターケースを背負い、きらびやかな色の髪を伸ばした少女だ。大胆にロゴを配したパーカーが、オフの場ではあるが激しい自己主張をしている。

「《ハッピーストライプ》って、何ですか?」
「私も知らない。有名なの?」
「もー、会長もルナ先輩も、知らないんですか?」

たくみが小走りで奏の前に立つ。

「《ハッピーストライプ》っていうのは、いま女子中学生の間で人気のガールズバンドですよっ!」
「構成メンバーは全員、アタイたちとおんなじ中学生。活動はごく小規模で行われているんですが、その歌詞やシンプルなメロディーはアタイたちの心に響いてくるんです」
「た、たまおちゃんまで……」
「会長、そういう訳ですんで、握手してもらってきます」
「状況開始」

あっけにとられる三人を振り返ることなく、たまおとたくみは人だかりの中に飛び込んでいった。

「なんだかねぇ……。でも、燃え尽きちゃったのかなって思ってたけど、大丈夫みたいね」

腕組みしながら奏が言う。

「私たちが思うよりも、二人は強くなったのかも知れません」
「あたしたちも負けてられねーな!」

たまおとたくみが向かった先、人だかりが割れて中心が見えた。サインや握手に応じる少女……《ジャンヌ》の姿があらわになる。
あゆみと目が合った。鋭いまなざしの奥が見えてくる。そこにあるのはぼんやりと瞬く小さな光。《ジャンヌ》もあゆみを見つめている。共鳴する感覚に意識が遠のきそうになるが、それも一瞬の出来事だった。奏やルナに、変わった様子はない。

「あいつ……何だ?」

手の中の汗が、それが幻でなかったことを伝えていた。

3

ホテルにチェックインし、荷物を各自の部屋に置いた後、出発までの間を使ってミーティングが行われる。

「なんでまた、私の部屋におしかけてきてやるわけ!」

シングルベッドの上に収まった四人に、奏は不満をぶつけるが意に介する様子はない。

「会長、時間がありません。ミーティングを始めましょう」

あゆみが政治家の口調を真似て言う。奏はその流れには付き合わず、手製のプリントを配った。和やかな雰囲気も、相手チームの情報がいきわたった途端に緊張したものへと変わる。

「それじゃ。今日の相手はキタキューシュー地区代表の《V.A.R.》。アルファベットだけのチーム名だけど、何の略かは明らかじゃない。チームは私たちと同じ5人。プロフィール欄には、軽音楽部でバンドを組んでるメンバーでもあるんだって」
「ふーん、バンドね」
「《ハッピーストライプ》みたい」

たくみとたまおが小声で言う。

「リーダーは新町純子さん。マシンは《アビリスタ》を使ってる。第一レースで勝ってるから、一気に勝負を決めにくるかもね」
「第一レースでの戦い方は、何か情報あるのですか?」

ルナが尋ねる。

「そうね、うーん……リプレイが残っているわけじゃないから何とも言えないけど、主催者がサイトに載せたレポートを見る限りでは、何というか、チームの5人がそれぞれのレースをしていて、あんまりチームプレイだとか作戦にこだわる感じじゃないみたい」
「それじゃあ、対策の立てようがないじゃん」

あゆみが、手を頭の後ろで組みながら言った。

「ただ、相手が5台でこっちも5台、その条件はそろってる。消極的なやり方かもしれないけど、1台ずつマークして、何かが起こったところで前に出るのが確実な方法だと思うわ」
「なーんか、相手のミスを誘うようなやり方で、面白くないですねぇ」
「まあ、負けられないから。仕方ないわ。それから」

奏が間を取った。

「たまおちゃん、たくみちゃん」
「はい」
「は、はい?」
「ニューマシンの準備、お疲れ様。期待してるけど、無理はしないでね」
「ありがとうございます」
「と、いう訳で、ミーティングを終わります。それと最後に。皆さん、私の個室なんだから、早く出てってくれる?」
「えー? なんでですか?」
「ここは本当に、居心地がいいのに」
「職権乱用だ! 横暴だ!」
「断固拒否」

四人がそれぞれに、言いたいことを言う。

「それはね……」

奏が一歩、ベッドに歩み寄る。

「ここが、私の個室だからです! 以上、解散!」

4

ナゴヤ駅から《オレリュードーム》までは、最寄りの駅まで電車で移動し、そこから徒歩で十五分ほど歩かねばならない。タクシーを使えば半分の時間で到着できるのだが、そんな余裕が中学生にあるはずもない。《すーぱーあゆみんミニ四チーム》はそれぞれ荷物を手に持ってホテルを出た。
最寄り駅に降りると、選手とおぼしき集団がいくつかあり、辺りを見回した後で同じ方向に進んでいく。開場までには時間があるので、一般の観客の姿はほとんど見られない。あゆみ達が人の流れに従って歩き出そうとした時。

「すみません、あの、《オレリュードーム》、行きます?」
「わっ?」

後ろから声をかけられ、あゆみは小さく飛び跳ねる。

「えっ?」
「まさか」

たくみとたまおが、声をかけてきた少女の顔を凝視する。パーカーのフードで髪を覆っているものの、その顔、その瞳は疑いようもない。

「あなた、さっきの《ジャンヌ》さん?」
「あー、改めて言われると照れるな。まあ、そう、です」

小さく頭を下げる。ギターを背負って立っていた時と比べると、物腰が柔らかい。視線に鋭さはなく、どちらかと言えば上品に感じられる。

「《オレリュードーム》に行くって、今日は《ミニ四駆選手権》の開催日ですよ? ライブの会場なんですかね、それはまた別のところなんじゃ?」

奏の言葉に、《ジャンヌ》は申し訳なさそうに答える。

「あ、私も《選手権》に出るんです。キタキューシュー代表ですけど」
「ええええっ?」

あゆみ以下、チーム全員が驚きの声をあげた。

「じゃあ、あなた、《V.A.R.》の新町さん?」
「あ、ご存知なんですね、ありがとうございます。新町純子です。と、いうことは皆さん、《すーぱーあゆみんミニ四チーム》の方ですか?」
「まあ、はい」
「よかった……。私、チームのみんなに置いてけぼりにされちゃって。ここの駅でみんなを見失ったらどこにいるかわからなくなっちゃって」
「だったらとりあえず歩いていけば良かったんじゃ?」
「いやー、でも、全然知らないところだし、ここでまたヘンなところに行っちゃったら、みんなに迷惑かかるから、と思ってて」
「そういうことなら、一緒にいきますか?」
「わぁっ、いいんですか、ありがとうございます!」

《ジャンヌ》こと純子は深々と頭を下げた。

「調子狂うな……まあ、じゃあ行きましょうか」

突然の出来事に戸惑いながらも、奏は集団を先導する。純子は、あゆみとルナに挟まれるようにして歩き始めた。

「それにしても、新町さん」

ルナが声をかける。

「人気のガールズバンドが、実はミニ四駆チームだなんて、すごいですね」
「いや、もともと、私達ミニ四駆チームとして集まったんです」
「そうなんですか?」
「はい。でも、なかなかうまくいかないことが多くて。で、昔の《選手権》のことを調べてたら、第一回の優勝チームにミニ四チューナーなのに凄腕のギタリストの人がいるって載ってて。私、兄が軽音やっててギターが家にあったから、何となく触ったことはあったんで。それから5人でバンドを始めたんです」
「そうなんですか? すごいですね」
「でもどういうわけかバンドの方が有名になっちゃって、困っちゃうんですよね」
「そうですか……。私の姉も、音楽やってるんで、なんとなくわかります」
「えっ? ルナちゃんのお姉さんってそうなの?」
「あっ、あゆみちゃんには話してなかったっけ……。私にはよくわからないんだけど」
「へぇー……」
「音楽って難しいですよね。もちろん、ミニ四駆も同じくらい難しいですけど」

3人の会話が途切れる。たまおとたくみは、背後にぴったり付けて、純子の言葉を逃さず聞いている。その一方で奏は、プリントウトした地図とスマートフォンの地図アプリを見比べながら、《オレリュードーム》への道を調べながら進んでいた。

「新町さん、見えてきたみたいよ」

奏が指さした方向、建物の間から、白く、わずかなふくらみを持った構造物が姿を見せ始めた。

「よかった! ここまで来れば大丈夫。ありがとう」
「あ、新町さん!」

あゆみが引き留めるよりも早く、純子は《オレリュードーム》へ向けて走り出していった。

「なんか、悪い人じゃないんだろうけど、色々難しそうな人ね」

奏があきれ顔で言う。

「ミニ四駆と音楽、どっちを取るべきか迷ってる、そんな感じですね」

ルナの言葉に、《すーぱーあゆみんミニ四チーム》全員が深くうなずく。

「《ジャンヌ》、大丈夫かな」

たくみが小さくつぶやく。すでに純子の背中は見えなくなっていた。

5

スタート時刻が近づくにつれ、《オレリュードーム》内に響き渡る観客の話し声、ステージ上でのMCの声、盛り上げるための音楽が大きく、強くなっていく。
アイリーンは、パーテーションで仕切られたピットをひとり離れ、バックヤードの片隅で集中力を高めていた。ディフェンディングチャンピオンとして注目されるチーム、その中心にいることは確かだが、他のチームと比べて図抜けているわけではない。勝負は一瞬の判断と、どこに転ぶか分からない運によって決まってしまう。それが昨年の決勝では自分たちに向いていただけのこと。アイリーンはそう思っていた。
メインステージ裏に広がる、薄暗い静寂な空間は、アイリーンの内側で散らばっている思考のピースを再構成するのにはちょうど良かった。息を整え、キャップの向きを整えると、アイリーンはピットに戻るため関係者通路へと向かった。
蛍光灯に照らされた、飾り気のない通路に出たとき、ふいに後ろから声をかけられた。

「瀬名さん」

振り返る。見覚えのある顔。慎重に整えたはずの思考のピースが、突風に吹き飛ばされていく。

「あなた……」
「あの、ヤムラのショールームで一緒になったの、覚えているよね?」
「それは、もちろん」
「いやー、まさか《ミニ四駆選手権》のチャンピオンと会っちゃうなんて、全然気が付かなかったな~。そうだ、名前言ってなかったね。あたし」
「涼川、あゆみさんでしょ」
「えっ? なんで、あたしの名前知ってるの? 優勝候補でもないのに」
「カナガワエリアで《エンプレス》を破る、というのはそれぐらいインパクトがあったってことよ。それより、あなた、なんでこんなところにいるの?」
「えへへ、お手洗いを探してたら、なんだか奥の方まできちゃって……。新町さんのことバカにできないな……それはともかく、周りに誰もいないから、瀬名さんがいてくれて助かりましたよ」
「そう……ま、とにかく戻らないと。行きましょう」
「ありがとう!」

瀬名は動悸を抑えようとしたが、自分でコントロールできるものではない。前を歩きながらも、後ろからやってくるあゆみが気になって仕方がない。気になることは、自分からかみついた方がいい。アイリーンはそう決意してあゆみに言った。

「涼川さん、お父様は、お元気かしら」
「え? パパですか?」

とぼけた顔で、あゆみは目を丸くする。予想していなかった反応に、アイリーンは思わず足を止める。

「いや、何でもない」
「ん、そうですか」

あゆみの笑顔、そこに深い意図はないように見える。だが事実はどうなのだろうか? あざむかれているのか、試されているのか。それとも。

「何だ? これは? どういうことだ?」

アイリーンは小声で戸惑いを口にする。それは僅かに、あゆみの耳にも届いていた。

「何か?」
「いや、ごめん、急ごう」

小走りでその場を離れたアイリーンを、あゆみは慌てて追いかけていった。

6

予選第二ラウンドの舞台は、カナダのグランプリコース《サーキット・イル・ノートルダム》に設定された。
セントローレンス川の中州に作られた周回路は縦に長く、ほぼストレートとシケイン、そして小回りのヘアピンで構成されている。それゆえ、走行するマシンには走行安定性よりもハードブレーキングからの急加速に耐えられる信頼性、そして酷使されるタイヤをどれだけ温存できるか、が問われる。
特に最終コーナーとなるシケインは、直前のストレートで最高速をマークしてからのフルブレーキングとなるため、マシンの挙動が乱れやすい。グランプリレースでは何人ものチャンピオン経験者がブレーキングをミスしてコンクリートウォールに叩きつけられている。

くじ引きの結果、インサイドとなる奇数グリッドを引いたのは《V.A.R.》。アウトサイドは《すーぱーあゆみん》となった。

「それじゃあ、みんな準備いい?」

奏が声をかける。たまおとたくみの手には、ニューマシン、《デクロス・ワン》が握られている。ベースカラーは二人ともガンメタル。ブルーのラインが入り、ローハイトタイヤ仕様としているのがたまお、グリーンのライン、大径ローハイトタイヤ仕様がたくみ。メトロポリタンハイウェイで見せた走りが、実践の場でどれだけ再現できるか。奏の口元が、わずかに緩んだ。
全員が《バーサス》にマシンをセットしたのを見届け、あゆみが声をあげる。

「いいね? じゃあ行くよ!
バーチャル・サーキット・ストリーマー、《バーサス》、起動!」

一連のシークエンスが済むと、まばゆい陽の光と、豊かな流れをたたえた川、それに挟まれた《ノートルダム島》があゆみたちの周りに広がった。グリッドに並んだ10台のマシンは、アイドリングの音を響かせながらスタートの時を待っていた。

「《V.A.R.》のマシンは、全部《アビリスタ》」

たまおがピットウォールからホームストレートを眺める。ロングノーズのGTカーという特徴は《フライング・フレイヤ》の《ジルボルフ》と共通しているが、盛り上がったフェンダーや低く構えたルーフによって派手なスーパーカーらしいデザインとなっている。
ホワイトのボディの中心にブルーのラインをあしらったのが通常のカラーリングだが、一台だけは、ベースカラーにシルバーリーフの塗装が施されていた。

「たくみ、あれ、《ジャンヌ》のマシンかな」
「そうだね、たまお。さっすがー、名ギタリストはやることがやっぱり派手だね」
「でも、おかしくありません?」

はしゃぐたまお、たくみの会話に、ルナが割って入る。

「あれが新町さんのマシンなら、なんで3列目にいるんでしょう?」

3列目のインサイドは5番グリッド。隣にはゴールドメタリックがまぶしい、ルナのフェスタジョーヌが並んでいるので、中団がどういう訳かメタル調のラインを形成していた。

「最初はチームメイトに先行させて、レースの流れが落ち着いたところでエースが仕留めにかかるって作戦かしらね」

奏の分析に、あゆみは余り納得できない。

「意外とセコいなぁ。もっと最初っから先行してもいいと思うんだけどな」
「涼川さん、そうとも限らないわ。先行するマシンはタイヤもブレーキも酷使することになる。最初のレースとはやり方を変えて、チームプレイに徹するつもりじゃない?」
「なるほど! ブッシュルシュル、おっもしろい! こっちは最初からブッちぎってやる!」
「くれぐれも、最後まで走り切ることは忘れないでね」
「はーい、会長」
「さ、そろそろ始まるわ。落ち着いていきましょう」

Virtual Circuit Streamer Activate…
-COURSE: Circuit Île Notre-Dame
-LENGTH: 4.361 km
-LAPS:70
-WEATHER: Sunny
-CONDITION: Dry

Girls, START YOUR MOTOR.
FORMATION LAP ENDED…
Signals all red…
Black out!
GO!

LAP1/70
午後5時、レーススタート。10台のマシンが一斉にグリッドを離れる。緩やかな右カーブの後の鋭角な1コーナー、2コーナー。1番グリッドからスタートした《アビリスタ》2号車が先頭をキープ、その後にあゆみの《エアロサンダーショット》が続く。三番手には奏の《エアロアバンテ》が浮上。《アビリスタ》3号車の後、シルバーにかがやく純子の《アビリスタ》が5番手をキープ。直後にルナの《フェスタジョーヌ》が追走。ニューマシン《デクロス・ワン》2台、たまおとたくみは9・10番手から前を追う。
折り返しのヘアピンからロングストレート。あゆみはラインを変えるように指示を出すが、《アビリスタ》の直線スピードに対抗できず、オーバーテイクは仕掛けられない。1コーナーの順位のまま、最初の周回が終わった。

LAP2~20/70
直線は速いがコーナー立ち上がりでの加速に欠ける《アビリスタ》2号車に抑えられ、あゆみはイライラしていた。コーナーで後ろにつけるも、短い直線では並ぶのがやっと。前に出る前に次のシケインが来てしまう。だが《アビリスタ》にもタイヤの劣化、バッテリーの消耗などネガティブな要素が積み重なってくる。
13周目、満を持して《エアロサンダーショット》がストレートで並びかけ、トップに立つ。しかし直後のシケインで止まり切れない。縁石で飛び跳ねたマシンはサンドトラップで減速することなく、コントリートウォールにヒットしてしまう。ホイールが外れ、シャフトもねじ曲がった《エアロサンダーショット》は動くことができずその場でリタイヤ。なんと《すーぱーあゆみんミニ四チーム》は、いきなりエースを失ってしまう。一方で《V.A.R.》も2号車のスピードが限界と見るやピットへ呼び戻し、バッテリー交換を行う。これで先頭は奏の《エアロアバンテ》に代わった。

LAP21~39
30周を過ぎたところで、奏もバッテリーの出力低下とタイヤの劣化を感じてピットイン。同時にピットロードへ進入した《アビリスタ》3号車とピットレーンで交錯したことでタイムロス。その間に先頭は《アビリスタ》1号車、新町純子となった。
レースの半分を過ぎたところで、《アビリスタ》1号車とルナの《フェスタジョーヌ》が先頭集団を形成。その後は30秒以上の差が開いて《アビリスタ》2号車・3号車と奏の《エアロアバンテ》がパックになって走行している。先に動いた方が負けとばかりにルナは純子を追い詰める。
その作戦は奏功し、38周目に純子が先にピットインして後退。前が開け、ルナが《フェスタジョーヌ》にペースアップを伝えた39周目の最終シケイン。寿命を過ぎたタイヤはブレーキングで大きな白煙をあげる。制御をうしなったマシンは、シケインをまたぐようにしてコンクリートウォールへ激突。《すーぱーあゆみんミニ四チーム》は2台のマシンを失うこととなった。

LAP40~56
再び先頭に戻った純子は、後方との差をコントロールしながら淡々とレースを進めていく。奏は、レース前に立てた「相手のマシンを1対1でマークする」という作戦の単純な落とし穴にはまっていた。同じ台数のマシンで走っていれば成り立つ作戦が、あゆみとルナのクラッシュ・リタイヤによって成立しない、むしろ2台のマシンにマークされる形となっている。
状況を打破しようと、奏は47周目に二度目のピットインを敢行。だが二台の《アビリスタ》も1周後にピットインして前をふさいでしまう。後退した奏に代わって浮上してきたのは、2台の《デクロス・ワン》、たまおとたくみだった。残り20周で、トップとは30秒以上の差がついていたが、ペースアップした2台の《デクロス》は、1周につき1秒以上のペースで追い上げを開始する。残りは15周となった。

「たまお、タイヤは持ちそう?」
「うん、発熱は想定内。もっとペースを上げる?」
「いやー、まだだな。もっと近づいてから」
「了解」

たまおとたくみは、2台の《デクロス・ワン》を慎重に、しかし確信を持って導いている。コース前半のシケインと急加速が続くセクションでは、ローハイトタイヤ仕様のたまおが前に立ち、コース折り返しのヘアピンからのストレートではトップスピードに勝るたくみのマシンが前に立つ。頻繁にポジションを入れ替えながらもタイムロスは最低限にしつつ、まるで一台のマシンが走っているかのような追い上げが続く。

「ルナ、なんで早乙女ずはここにきてペースアップできてるんだ? 会長は相変わらずアタマ抑えられちゃつてるのに」
「それはね、あゆみちゃん。二人はレースの前半、ずっと後ろでバッテリーやタイヤを温存してたのよ」
「温存……」

既に《エアロサンダーショット》と《フェスタジョーヌ》はガレージに引き戻され、あゆみとルナはピットウォールからは離れていた。生き残ってレースをつづけている二人の一年生、その顔は初戦とは明らかに違って見えた。

「なんか急に、あいつらデキるようになったな」
「そうですね。もともと二人とも技術はしっかりしてるのに、相手よりも自分が前に出よう、もっとうまくやろうって意識しあってたみたいですね」
「なるほど、ルナちゃんよく見てる」
「今は二人とも、一つの目的にむけて、お互いを補う、そんな関係になってるみたいですね」
「そっか……」
あゆみの視線の先、あわただしくモニターをチェックするたまおとたくみの背中は、心なしか大きくなったような気がした。

7

残り5周、純子の《アビリスタ》と、《デクロス・ワン》2台の差は3秒を切っていた。3台でひとつながりの列車のように、《サーキット・イル・ノートルダム》を駆け抜けていく。
それぞれのマシンにダメージが蓄積しているが、ピットインして追いつくだけの時間は残されていない。1位を守り切れば《V.A.R》の勝ち、《アビリスタ》の前に出れば《すーぱーあゆみんミニ四チーム》の勝ち。
それはたまおも、たくみも、そして純子も十分に理解していた。
急減速と急加速を繰り返すコースで順位が変わる可能性がある場所は限られ、ストレートエンドの強烈なブレーキング地点のみ。つまり、あゆみとルナをリタイヤに追い込んだ最終シケインが勝負どころとなる。

「たまお、どうしよう? もうチャンス、あんまないよ」
「わかってる」

純子の《アビリスタ》はコース中央を走行し、後ろからくる2台のマシンをけん制しながらもスピードを落とさない走りを続けている。トータルのラップタイムは決して速いわけではないが、《デクロス・ワン》2台は前に出られない。

「中途半端」

たまおが、小さくつぶやいた。

「そうだ! 《ハッピーストライプ》の《ジャンヌ》は、あんなに輝いてるのに、どうして、新町さんは、こんなにモヤッとしたレースをするんだよ!」

たくみが、口元のインカムに向けて叫ぶ。
相手に聞こえることを期待しているわけではない。だが《バーサス》上でかわされる通信は、基本的にどこからでも、誰でも聞くことができる。

『よく、わかってるね、あなたたち』

たまおとたくみの耳に、ノイズ混じりの声が聞こえる。

「この声……《ジャンヌ》?」
「まさか」
『どっちも大事だから、どっちも捨てられない。どっちかに身を寄せたら、どっちかは消えてしまう。そんなのがずっと続いてる。それでも、それでも今は、こうやって走って、勝ちを拾いにいくしか、いい方法がないんだ』
「だったら」
「だったらさ」

たまおとたくみの声が重なる。ガンメタルのボディに刻まれた白いラインに、ほのかな光が走り始めた。

「突き抜けさせて、もらいます!」

光は、より強く、激しく《バーサス》内の空間を照らした。

「Z-TEC(ズィーテック)、スタンバイ!」
《Copy. Z-TEC Activates》

二人の声に呼応して、二台の《デクロス・ワン》のボディカラーがライトスモークに変化していく。MAシャーシが透けて見える一方で、白いラインは変わらずに光続けている。

「あいつら、やったな!」
「たまおちゃん、たくみちゃん……!」

先を越された悔しさもなく、チームメイトの文字通り進化した姿に、あゆみとルナは身を乗り出した。

……重なりし 二つの想い 織りあげて
たおやかなるは 天女の舞!
いま、すべてを解き放て!

クロス・システム・センセーション!!

残り3周となったヘアピンコーナー。立ち上がりでわずかに加速が鈍った《アビリスタ》を、《デクロス・ワン》2台が挟むように追い上げる。じりじりと差は詰まり、ロングストレートの半ばで3台が横一線に並んだ。

『くっ……じゃあ、どうすれば、どうすればいいのよ!』

純子の悲痛な叫びが聞こえてくる。

「簡単だよ」

たくみが言った。隣のたまおにアイコンタクトする。伝えたいことは、既に伝わっているという実感が、二人にはあった。

「これまでとか、これからとか、無関係」
「あっちとか、こっちとか。そんなのどっちだっていい」

《デクロス・ワン》2台に挟まれた《アビリスタ》のボディも、つられるように光を放ち始める。
4番手集団から抜け出せない奏のモニターにも、その様子は映し出されていた。

「Z-TECの連鎖反応? そんなことがあるというの?」

一旦は遅れたように見えた《アビリスタ》が再度加速する。

『大事なのは、今を、目の前のことを、全力で楽しむってことか』
「知ってたんですね」
「じゃあ、やっちゃいましょう!」

3台並んでブレーキングの態勢に入る。白煙に包まれながら、たくみのマシンが先頭を奪い、コントロールラインを通過する。あと2周。

『《アビリスタ》! お前の可能性を見せてくれ!』

再びヘアピンから、ロングストレート。たまおの《デクロス・ワン》は後方に下がり、たくみと純子の一騎打ちとなる。お互いに譲らない最終シケイン。再び白煙が舞い上がる中、《アビリスタ》が先頭を奪い返し、ファイナルラップに突入する。
綱渡りのように、迫りくるシケインを通過していく3台は、最後のロングストレートに入る。
不意に、《バーサス》内にエレキギターの音が大ボリュームで響きだした。
純子の手元には、愛用のギターが握られている。もちろん、《バーサス》内にミニ四駆以外のものを持ち込めるわけがない。しかし、《アビリスタ》を激励する純子の意志が、《バーサス》を通じて、エアギターならぬ《バーチャル・ギター》を出現させてしまったのだ。

『《アビリスタ》、フルスロットル!』
「負けるな、《デクロス》!」

再び、純子とたくみの真っ向勝負。インサイドを取ったのはたくみ。一歩も譲ることなく、2台は最終シケインへのブレーキング態勢に入った。先に減速した方が負けとなる。その事をわかっている純子とたくみは、減速の指示を遅らせる。相手が遅らせるならば、自分も遅らせる他ない。そして、待ち構えた限界が訪れる。

「《デクロス》、フルブレーキ!」

たくみの叫びがサーキットに響く。

《negative.》
「えぇっ!」

非情な拒絶メッセージと同時に、たくみの《デクロス・ワン》はグリップ力を失う。それは隣の《アビリスタ》も同様だった。2台はワイヤーで結ばれているかのように同じ軌道を描き、シケインを抜けながらもなおコントロールを取り戻せずにいた。

「お先に」

ガラ空きになったシケインのインサイドを、たまおの《デクロス・ワン》が通り過ぎていく。Z-TECによって拡張した能力を過信せず、しかし最後までチャンスを狙いつづけた結果だった。
クラッシュをまぬがれたものの、コンクリートウォールの手前で止まってしまった2台を追い抜いて、あふれる光の中にブルーの影を映し出しながら《デクロス・ワン》が先頭でコントロールラインを通過した。

「やったー!」
「たまおちゃん!」

あゆみとルナが、ピットウォールに走り出す。先輩ふたりに抱きすくめられて、たまおは僅かに口元を緩めた。
たまおから20秒以上遅れた2位で奏がフィニッシュ。《アビリスタ》2号車・3号車を終盤に振り切ったものの、トップを追いかける余力は残っていなかった。
チェッカーフラッグを受けられなかったものの、レース総距離の95パーセントを走り切ったということで、たくみと純子も「完走」扱いとなった。

『おめでとう。うん……おめでとう、だな。少しだけだけど、あたしもこの先、どうしていこうか、見えた気がする』
「こちらこそ、お話しできてうれしかったです」
「役得」

最後まで戦った相手をたたえるたまおとたくみ、そしてチームの勝利を喜ぶあゆみ、奏から離れて、ルナはモニターに映った純子の姿を見つめていた。ギターを手にして躍動する少女。打ちひしがれるチームメイトの肩に手を当て、ねぎらいの言葉をかける横顔。既視感のあるビジュアルに、閉じ込めていた思いがうずき始める。
ギターケースと、わずかな荷物を詰めたキャリーバッグを手にした姿が、ドアの向こうの世界へ消えていく。あれからどれくらいの時間がたったのか。故郷からお互いに遠く離れてしまったけど、何をしているのかも定かではない。

「姉さん……」

胸に当てたルナ手の中には、ダメージを追ったフェスタジョーヌが握られている。

《すーぱーあゆみんミニ四チーム》は予選ラウンド、一勝一敗。勝ち星では二位タイだが同じ一勝一敗となった《V.A.R.》との直接対決の結果で単独二位にランクされている。決勝進出できるか否かは、最終戦に持ち越されることとなった。

「1ちゃんす! 《全国版》」
第4話 「白熱、予選ラウンド!」 完