第6話(#18) 決着、予選ラウンド!

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七時二十九分にシン・ヨコハマ駅を出発した新幹線《あいな九号》は、多くの乗客を乗せて東海道を西へ進み始めた。
 「ミニ四駆選手権全国大会」の予選ラウンドは十月のフクオカ、十一月のナゴヤを経て、十二月、最終のオオサカ大会を迎えた。

「うわっ、やっぱ混んでるよ」

 自由席の車両に入ったたくみが、思わず声をあげた。座席は半分ほど空いているものの、《すーぱーあゆみんミニ四チーム》の五人がまとめて座れるだけの余裕はない。

「やっぱり、この間と同じように、早めに出てトーキョーから乗った方が良かったかしらね……」

 奏がため息交じりに言う。

「あゆみがしっかり、早起きできるって言ってくれれば」
「あはは……まぁ、遅刻はしなかったんだから、よかったじゃん」

 たまおの指摘に、あゆみは半笑いするしかなかった。

「じゃあ、それぞれ空いてる席に座りましょう。乗り過ごしたりしないようにね」

 奏の指示にうなづいて、五人はそれぞれに席を探した。三人掛けの座席の中央が埋まっていたり、二人掛けでは窓際だけ埋まっていたりと、並んで座るのも難しい。ルナは、同じ年頃の少女が座る二人掛けの席を見つけた。

「こちら、お隣よろしいですか?」
「はい、構いませんが」

 少女は、読んでいた文庫本から目を上げた。クラシックなセーラー服の襟元に、わずかにかからない黒髪。やや太めの眉の下、力のある瞳。真面目そうな人、がルナの印象だった。
 しかし少女に向けた笑顔は、座席に身を預けると同時に、深いため息にかき消された。
 姉、サリーヌとの再会。王室から飛び出し、外の世界へ飛び出した二人の姉は、確かに自分にはない輝きを掴んでいた。ライブハウス、客席で振られるライトに照らされた姿は、思い出すと懐かしいような、拒絶したいような感覚にとらわれる。ルナの心は、偏光スプレーで塗られたボディのように、相反するふたつの色味を帯びていた。

「あの」
「えっ?」

 急に声をかけられて、ルナは僅かに座席から腰を浮かせた。隣の席の、真面目そうな少女が、力のある視線を投げかけていた。

「もしかして、ミニ四駆選手権に出られる方ですか?」
「あっ……はい……」

 別に恥ずかしがることもないのだが、ルナの頬は赤く染まっていく。

「やっぱり。《すーぱーあゆみんミニ四チーム》の猪俣ルナさん」
「えっ、どうして」

 少女は、開いていた文庫本を閉じた。

「私も、そうだから。サイタマ代表、《サイコジェニー》の岡田あきらです」
「《サイコジェニー》って……」
「そう、この後、あなたたちと当たるチームです。奇遇ですね」
「あっ……でも、カナガワとサイタマ、エリアとしては近くですから。これも何かの縁、どうかよろしくお願いします」

 ルナは深く頭を下げた。その気品ある立ち振る舞いに、あきらは戸惑う。

「いやいや、そんな丁寧にされても。私達、この後レースするんだよ?」
「サーキットに入るまでは、同じミニ四駆仲間でしょう、私たち」

 言いながら、大分あゆみの影響を受けているな、とルナは感じた。

……ミニ四駆がサレルナを強くしたのかな……

 サリーヌの言葉が不意に思い出され、ルナは目を細めた。


2

 それからしばらく、あきらとルナの間で会話の花が咲いた。他愛もない学校生活の話から、ミニ四駆と《バーサス》に関するテクニカルなトークまで。自分でも意外なほど、あきらとの会話はルナを刺激してくる。だがその刺激は自身を傷つけたり、返答に困るような内容を含んではいない。ミニ四駆で《選手権》に出場し、全国大会にまで勝ち進むこと。それは参加している全員にとって、この上なく貴重な共通体験なんだな、とルナは話しながら納得していた。
 しかし、前回大会の舞台となったナゴヤを過ぎると、少しずつ、それぞれに緊張があらわれ始める。

「私達、二敗しちゃってるからね。《フライング・フレイヤ》と《V・A・R》に。あのニチームとは、全然レベルが違うから」
「はい……」

 《すーぱーあゆみんミニ四チーム》は一勝一敗。暫定ランキングではEブロックの4チーム中、2位につけている。最下位の《サイコジェニー》が逆転して予選を通過する可能性は極めて少ない。

「猪俣さんたちの、レースは観てるよ。すごいね、あなたたちのチームのマシン」
「いえ、すごいのはたまおちゃん、たくみちゃんのデクロスよ。もちろんリーダーとサブリーダーのマシンも」
「そう? 猪俣さんの金色のフェスタジョーヌ、映像で見たけど上品でカッコいいと思うよ」
「いえいえ、結果がぜんぜん出せてないですから。リーダーやみんなに頼りっきりで」
「そんなことないよ。私達だっていいトコ見せれてないし。でも」

 そこまで言って、あきらは言葉を飲み込んだ。正面に向けられた視線は、前の座席を貫かんばかりの強さがある。ルナは次の言葉を待った。

「……でも、何かを、残したい」
「残す?」
「うん。私達の爪痕というか、私達がたたかったっていう証を。私のチームは、《サイコジェニー》は、この大会限りの、チームだから」
「それって、どういう」
「あ、ごめんね。余計な事しゃべりすぎた。気にしないで」

 スイッチが切り替わるように、あきらの視線から力が抜ける。
 それ以降、あきらとルナの間に言葉が交わされることはなかった。共通体験があると思ったのも一瞬。やはりそれぞれが置かれている環境は違うし、喜びも、悲しみも、それぞれがつかむべきもの、つかむべくしてつかむものであって、他人から取り除いたり、分け合ったりすることはできない。
 ルナがそんな事を考えているうちに、新幹線はシン・オオサカ駅に到着した。

「じゃあ、また後で」
「よろしくお願いします」

 そっけない言葉をわずかに交わして、ルナとあきらは別れた。

3

 第三戦の舞台となるのは《モーギュウドーム》。シン・オオサカ駅からは在来線を乗り継いでいく必要があるが、ナゴヤと同様、会場近くに宿泊施設がない。そのため、ターミナル駅であるオオサカ駅近くのホテルが《財団》から指定されていた。

「まあ、ここまでの流れが、前回と同じなのは、別に文句ないわよ」

 奏が口元を震わせながら言う。

「だからって、またもや私の部屋でミーティングをしなくったっていいでしょう!」
「まあまあ会長」

 ベッドの中心を占拠したあゆみが、柔らかなスプリングに身をゆだねる。

「前回、こうやってミーティングして勝てたんだから、今回も、まあ、大丈夫だよ」
「私は大丈夫じゃない!」
「ナーバスになるのもわかります。ただ、ここは会長の器の大きさを見せていただいてもいいのではないでしょうか」

 ルナが芝居がかった風に言う。その振る舞いに奏はたじろぐ。これまで噂レベルに過ぎなかった、ルナの出自の一端を見せつけられた。その事実は、たとえチームメイトであったとしても、気にせずにいられるものではない。

「うー、まあ、時間も限られてるし、やっちゃいましょう」
「流石」
「会長、お願いします!」

 茶化すたまおとたくみを一瞥してから、奏は手元のプリントに目を落とす。

「えー、みんな分かってると思うけど、今日のレースで予選ラウンドは終了です。4チームでつくられた各ブロックの上位2チームが、来年の決勝に進むことができます」

 ふざけ半分だった空気が、ピリッとした緊張感に包まれる。

「私たち《すーぱーあゆみんミニ四チーム》がいるEブロックの順位をおさらいしておくと、一位が二勝の《フライング・フレイヤ》。二位が《すーぱーあゆみんミニ四チーム》、一勝一敗。三位が同じく一勝一敗の、《V・A・R》」
「あれっ、同じ成績だったら同率二位なんじゃないんですか?」

 たくみが首をかしげる。

「同率の場合は、直接対決の結果で勝った方が上にランキングされるの。前回の第二戦で私たちは新町さんたちに勝ってるから、それでよ」
「そっか……」
「続けるわね。四位は、二敗の《サイコジェニー》。そして今日の相手がこのチームです」

 ルナが眉をひそめる。新幹線で会った、岡田あきら。決して力で劣る相手には見えないが、それでも勝つことができない。強い力を感じる瞳が思い出された。

「会長、あたしたちは、どうすれば決勝に進める?」

 身体を起こして、あゆみはベッドの中心であぐらをかく。

「そうね。条件別に整理するわ。まず、私達が勝った場合。……勝った場合は、もう一レースの結果に関わらず、Eブロック2位以内が確定します」

 四人の口から、小さく感嘆の声が漏れた。
 奏は、仮に《すーぱーあゆみんミニ四チーム》が勝っても、《V・A・R》が《フライング・フレイヤ》に勝つと二勝一敗で三チームが並んでしまうことを知っていたが、それについては黙っていた。誰からも指摘がないことを確認して、言葉を続ける。

「で、負けた場合……あんまり考えたくないけど……。もう一レースで《V・A・R》が勝つと、私達は敗退」

「そっか……」

 あゆみが舌打ちしながら言った。

「まだ可能性はあるわ。もう一レースで《フライング・フレイヤ》が勝った場合が難しいの」

「難しい……何故ですか?」

 ルナが右の頬に手を当てる。

「《フライング・フレイヤ》が三勝で一位なんだけど、残りの三チームが一勝二敗で並びます。しかも、三チームの間で勝ったり負けたりしてるので、直接対決の結果でも決められません」
「あっ、確かに」
「その時はどうやって決めるんだ?」

 ルナの背中越しに、あゆみが身を乗り出す。

「その場合は……2位の回数が多い方が上位にランクされます」
「2位の回数?」
「ええ。私たちは第1戦の《フライング・フレイヤ》戦で涼川さんが2位に入ってるし、この間の《V・A・R》とのレースでも、私が2位を確保しています。《V・A・R》も《サイコジェニー》も、《フライング・フレイヤ》とのレースでは上位3位までに入れていません」
「と、いうと」

 奏が、咳払いしてから言う。

「1位をとられても、2位を確保できれば他のチームの動向に関係なく決勝に進出するということです」

 2位狙いでも決勝に進める。これは、喜んでいいのかどうか。誰もが、次の言葉を思いつかず、ただしばらくの間、黙っていた。