第9話(#21) 負けるもんか



1

 一月も半ば、ハコネの山を抜ける道の傍らには雪が残り、行き交う人々の息は昼間でも白かった。

急角度のワインディングを抜けたワンボックスカーが、ウインカーを点滅させながらゆっくりと停車する。

「ここね」

 スライドドアを開け、ワンボックスカーから降りた秀美は、厳かにたたずむ旅館の構えを見回した。暖房の効いた車内との温度差に、足元から体が震える。

「あー、半年ぶりかぁ」
「また来ることになるとは、思わなかったけどね」

 あゆみと奏が話しながら降りてくる。それに続いてルナ、たまお、たくみと《すーぱーあゆみんミニ四チーム》のメンバーが次々と道路に降り、送迎のドライバーから手荷物を受け取っている。この集団の中に自分がいることを、秀美はまだ信じられなかった。

「秀美」

 奏が声をかける。

「大丈夫?」
「何がだ」
「いや、電車の中でもクルマの中でも、ぜんぜん話さないから」
「それは……」
「それじゃ、お部屋へご案内しますので」

 秀美の言葉は、仲居の女性にさえぎられた。

「よーし、じゃあ早速お風呂だー」
「なんだよー、あたしの方が先に行く!」
「風呂にはまだ全然早い」
「でも温泉合宿って風情があって、やっぱりいいわよね」

 にぎやかに進んでいく四人の背中を見て、秀美は目を細めた。

「やっぱり、みんな楽しそうだな。それに比べて、私が今まで《スクーデリア》でやってきたことは……」
「はいはい、そういうのはいいから」

 奏が、秀美の肩口を軽くたたく。

「今回は、秀美を含めてのニュー・《すーぱーあゆみんミニ四チーム》合宿なんだから、遠慮しないでよ」
「ああ……わかってる」

 無理に作った笑顔は、まだ硬かった。

「さて、私たちも入らないと、置いて行かれちゃう」
「確かに」

 二人は小走りに館内へ入る。

土足禁止ゆえ、玄関で靴を脱ぐ。その背後から、小走りの足音が近づいてくる。たくみかあゆみだろうと思い、秀美は何げなく振り向いた。

「お久しぶりです!」

仲居の着物に身を包んだ少女が走り込んできて、勢いよく頭を下げる。長い黒髪がふわり、と舞い上がった。

「小田原さん」

 ゆのの笑顔に、秀美の頬も自然と緩む。

「ごめんなさい、赤井さんが、いらっしゃるって、聞いていたので、お出迎えしないとと思ってたんですが、急にお仕事を頼まれちゃって」

 慌ててきたのだろう、息が上がっていて、言葉は途切れ途切れである。

「いいのよ、気にしないで」
「どうもすみません……。恩田さんも、またうちの旅館を選んでくださって、ありがとうございます」
「いえいえ」

 もう一度、ゆのは大きくお辞儀をする。奏と秀美は苦笑いしながら腰を上げた。

「じゃあ、涼川さんたち先に行っちゃってるから、後でまた」
「そうですね、ごめんなさい、引き留めてしまいました! では後で、お部屋へご挨拶に上がらせてもらいます!」
「忙しければ、無理しないでいい」
「いえいえ! 赤井さんは私の師匠ですから!」
「へぇ……秀美、そうなの?」
「師匠とは大げさだが、まあ、地区予選の後、少しな」
「はい! そうなんです!」

 ゆのが笑顔を見せた時、廊下の向こうからゆのを呼ぶ声が聞こえた。

「あっ、女将さんが呼んでますので! 今日は団体さんがもう一組いらっしゃってて……」

 言い残して、ゆのは小走りに館内の奥へと走り去っていった。見送る秀美の表情は、自然とやわらかいものになっていた。



2

「さて」

 六人分の布団が敷ける、広い和室。真ん中に置かれた座卓を囲んで、《すーぱーあゆみんミニ四チーム》に秀美を加えた六人が座っている。奏は全員を見回してから、ミーティングを始めた。

「今回、急に合宿をすることにしたのは、他でもありません。今月末に迫った《ミニ四駆選手権》の全国決勝に向けて、もう一度、チームとしての団結を強めたいからです」

 奏の向かいには、秀美が座っている。

「決勝の特別枠は、秀美が引き受けてくれることになりました。チューナーとして、チームリーダーとして、私たちと比べ物にならない経験値を持っていると思います。でも、私たちも、これまで戦い抜いてきたことは事実です。自信をもって、力を合わせて、やっていきたいと思います」

 奏は軽く、頭を下げた。

「じゃあ、部長の涼川さんから、何かある?」
「うーん、別にいう事はないんだけどさ……」

 あゆみが、探るように言う。

「あたしたち泊まり込みで……何するんだっけ」
「……もう、そういうの治らないの?」

 奏が、顔を赤くしながら抗議する。

「いやいや……」

 楽しそうにふるまっていても、選手権の決勝に向けて気持ちが入らない。それがあゆみの現状だった。

《ライキリ・プロジェクト》によって開発されたハイパーカー。七年前の事故はなぜ起きたのか。アイリーンと次に向かい合ったとき、どんな言葉を交わせばいいのか。そして、父親に対してどう接すればいいのか。気が付くと、そんな思考のループにはまり込んでしまう。

あゆみの悩みを感じることもなく、奏は咳払いを一つしてから口を開いた。

「まあ、おさらいの意味も込めて、改めて説明するわ。
 わざわざ合宿という形にした理由は三つあります。
 ひとつは決勝で使用する2台のマシンを、誰のものにするかを、全員の意見を聞きながら決めたいから。ふたつめは、そのマシンを使っての練習をしておきたいから」
「練習? ここでできるんですか?」

 たくみが、腕を組みながら言う。

「できるのよ、それが。詳しくは後で」
「はーい」
「そして三つ目は、さっきも言ったけど、チームとしての結束を強めたいから。ミニ四駆って体を動かすスポーツみたいに、直接ボールとかをやり取りしたりはしないけど、チーム内でコミュニケーションがうまくできていないと、絶対に勝つことはできません。」
「納得」

 たまおの言葉が、説得力をもって響く。

「じゃあ、まずは最初の話題を……」
「の前に!」

 納得したふりをしていたたくみが、飛び跳ねるようにして立ち上がる。

「まずは旅の疲れを、大浴場で洗い流すってのはどうですか?」
「私も、それがよろしいかと思います」

 たくみに煽られるように、ルナが賛同する。

「え、ちょっと、とりあえず最初の」

 奏の言葉に耳を向けながら、たくみは自分の荷物から入浴に必要なものを抱え込む。

「あっ、ちょっとたくみちゃん!」

 無駄のない動きでたくみは部屋を出ていく。

「たくみちゃーん、ダメよー」

 ルナは文字通りの棒読みでたくみをとがめながら、いつの間に用意した着替えを携えて部屋を出ていった。

「もう、この間もこうだったじゃない!」
「まあまあ、会長」

 頬を真っ赤に腫らしながら悪態をつく奏を、あゆみがなだめる。

「秀美、見た? もう、いっつもこういう感じなのよ?」

 同意を求めて見つめた奏を、秀美は笑った。

「まあ、止めようってのが無理なんじゃないか? あの子たちの元気を、わざわざ抑え込もうっていうのがもったいないさ」
「そうかしら」

 奏は、浴場へ向かった二人に伸ばした手を戻した。すると、去っていったはずの足音が慌てて戻ってくる。ふすまが勢いよく開け放たれた。

「あれっ、早乙女の……弟ちゃん」
「弟じゃないって!」

 秀美の冗談に、たくみがムキになって反応する。

「それより、赤井さん!」
「え?」
「赤井さんも入りましょうよ!」



3

 結局、ミーティングは一時中断となり、六人で連れ立って浴場へと向かう事となった。「大浴場」と呼ぶにはコンパクトで、十人も入れば手狭になりそうだった。
 立ち込める蒸気に包まれながら、秀美は黙々と髪を、体を洗っていく。その背後ではたくみを中心に絶えることなく、笑い声が響いている。小さくため息をつくと、隣から奏がのぞき込む。

「まだ、やっぱり慣れない?」
「ん、いや、大丈夫」
「もうちょっとみんな、年上のいう事を聞いてくれればいいんだけどね」
「年上……そうか、三年生は奏だけか」
「そうなのよ、もう疲れるわ」

 あきれた風をよそおいながら、奏の口元には笑みが見える。

「楽しそうだな」
「え?」

 不意に放たれた秀美の言葉に、素っ頓狂な声が出てしまう。

「私の知っている奏は、もっと、いつも思いつめたような、真剣な表情ばかりだったから」
「……そう?」
「選手権が始まる前、久しぶりに会ったときも、基本的にはそういう感じだった。でも今は、すごくリラックスしているようだし、ミニ四駆を、レースを、楽しんでるっていうのがよくわかる」
「そうね。まあ、大変というか思い通りにいかないことばっかりだけどね」
「思い通りにいかないからこそ面白いんだよ、レースは」

 秀美が立ち上がる。褐色の、すらっと伸びた手足と、ぴんと張り詰めた背筋に奏は圧倒され、思わず後ずさる。
 お先に、と言い残して秀美は浴槽へ歩いていく。すでに湯に浸かっているメンバーから歓声が上がった。奏は頭から湯をかぶって、その後を追いかけた。

「決勝のマシンか……」

 あゆみが浴槽の中で腕を組む。

「あら、あゆみちゃん、ここでミーティングやっちゃうの?」
「うーん……」
「そうね、私は、一台はあゆみちゃんのエアロサンダーショットでいいと思うけど」
「それ、ボクも賛成!」

 しぶきを上げながら、たくみが輪に加わる。

「そうだな、私もそれが自然だと思う」

 秀美の言葉に、たまおが静かにうなずく。

「じゃあ、一台は決まりね」
「そうすると、もう一台が問題だな」

 奏と秀美のやり取りによって、議論が進んでいく。

「せっかく《エンプレス》に加入してもらったんですから、例のニューマシン、マッハフレームを使わせてもらうのはどうです?」

 あゆみが尋ねるが、秀美は首を小さく横に振る。

「あのマシンは、まだ熟成されていない。それに、駆動系もエアロサンダーショットとは異なる部分が多い。あまり勧めたくはないな」
「ただ」

 全員が秀美の言葉に納得しかけたとき、たまおが口を開いた。

「違うシャーシで、作戦を分けることもできます。モーターは片軸で使いまわせるのだから、一台はFM-Aでも問題ないのでは」
「それも確かに」

 たまおは言いたいことを言い終えると、湯に肩まで浸かりなおす。

「でもでも!」

 たくみが手足をじたばたと動かす。

「やっぱり同じシャーシで統一した方が便利なんじゃないかな。パーツだけじゃなくてセッティングとかも流用できるし」

 跳ねた水滴が奏の顔にかかる。

「そうよねぇ……」

 奏は頬に手を当てた。

「あの……」

 ルナが細い声をあげた。

「ちょっと、のぼせてしまいそうなので、そろそろ上がりませんか……」
「あっ、そうね、大変! じゃあここは一旦引き上げましょう」

 六人が一斉に立ち上がり、水面が大きく、激しく揺れた。



4

 部屋に戻ると、案内されていた夕食の時間が近づいていた。食事は玄関ロビー近くの食堂が会場となるため、六人は慌ただしく身支度を整えて、部屋を出ていく。

「会長」

 たまおが、奏に声をかける。使い込まれたスリッパの音が、けたたましく廊下に響いている。

「何?」
「さっきのミーティングで、ここで練習もやるって話でしたけど、食事のあとにやるんですか?」
「はっ」

 正直、何も考えていなかったとは言えず、奏は沈黙する。

「なるほど」

 正直、何も考えていなかったのだろうとは言えず、たまおは適当な相槌を打った。

「それはそうと」
「な、何?」

 皮肉めいた言葉、辛辣な意見、そういったものを投げられたわけでもないのに、奏は明らかに動揺している。

「ここで練習って、どうやって」
「おおーっ!」
「すっげーっ!」

 たまおの言葉を、あゆみとたくみの叫びがさえぎる。話の腰を折られ、ムッとしながら二人を探すと、食堂に向かう途中にあるラウンジに吸い込まれていくところだった。

「お二人とも、ちょっと」

ルナが呼び戻そうとしながらも、二人の後を追いかけ、同様にラウンジへ入っていく。
 マッサージチェアや卓球台など、定番の娯楽用品を押しのけて、正面には液晶のディスプレイが五台設置されており、その下には見慣れた筐体が並べられていた。

「これ、バーサス……」
「まあ、そういうこと」

 自分では何も説明していないのに、奏は得意げに言う。たまおはあきれた顔で奏を見るが、気にする様子はない。二人の背後にいた秀美がため息をつく。

「小田原さん、設備を充実させるとは言っていたけど、ここまでやるとは驚いたな」
「《バーサス》が目当てで、他エリアから泊まりにくるミニ四チューナーが増えてるらしいって聞いたわ」
「まったく、大したものだ」

 秀美が感嘆の声をあげる。

「そう言っていただけると、そろえた甲斐があります!」

 いつの間に後ろにいた、ゆのが弾けるような声で言う。

「お食事のご案内に、と思ったんですけど、皆さん、ご案内の前にいらして下さったんですね」
「まあ、食い意地は張ってるようだからな、このチームは」

 皮肉めいた秀美の言葉に、奏はあいまいな笑顔しか返せない。あゆみとたくみは《バーサス》をベタベタ触りながら、設備を確かめている。直接手を伸ばしはしないものの、ルナも一緒になってのぞき込んでいる。

「ただ、食欲よりも、ミニ四駆に、レースにかける思いは強いようだ」

 秀美が言う。

「ですね」

 ゆのが笑顔で返した。

「ただ、もうお食事の用意は整っていますので。もうひとグループの方と一緒のお時間になってしまって申し訳ないのですが……」
「小田原さん、その、もうひとグループさんってどんなお客さんなの?」

 奏が聞く。

「あれ、お話してませんでしたっけ? 皆さんと同じ、《ミニ四駆選手権》に出場されているチームの方ですよ?」
「えっ?」

 不意を突いた答えに、奏は体をのけぞらせる。たまおと秀美は大して驚いた様子もない。

「まあ、これだけの台数の《バーサス》がそろっているところはそれほど多くはない。奏と同じようなことを考えるチームがあっても、おかしくはないだろう」
「確かに」
「ははは……さすが、赤井さんとたまおちゃんですね」

 立ち話をしている四人のもとに、あゆみたちが駆け寄ってくる。

「ねえ、もうゴハンでしょ? 早く行こうよ」
「もーおなかすいたよー」

 あゆみとたくみが、それぞれに言いたいことをまくし立てる。

「寄り道してすみません。小田原さん、行きましょうか」

 ルナが頭を下げる。恐縮するゆのに促されて、六人は廊下を進んでいく。

「小田原さん、それで」

 奏が尋ねる。

「私たち以外に泊ってるもうひとチームって、どこなの?」



5

「ほう……ここで赤井に会うとはな」

 すでに食事を始めていたもう一組の団体、「《ミニ四駆選手権》出場チーム」の一人が、秀美を見て言った。床につきそうなほど長く伸びた髪の間から、するどい眼光がのぞく。

「それはこっちのセリフだ、氷室」

 秀美が負けじと、睨みをきかす。

「げっ……氷室……ってことは、氷室蘭と《フロスト・ゼミナール》……」

 苦々しげに、奏が言う。氷室蘭は、その声に微笑みながら、奏を見た。

「ご名答。君たちは……ナゴヤのホテルで見かけて以来だな」
「そ、そうなりますかね」
「そこまで警戒することもないだろう。今日は別に、レースをしに来たわけでもあるまい」

 透けるような白い肌に浮かぶ微笑みが、かえって恐怖感をあおる。他のメンバーは、蘭のやりとりに動じることなく、黙々と箸を進めている。

「レースをしに来たんじゃない、っていうなら、そういう態度はやめてくれないか、氷室。私と違って、この娘たちはお前の扱いに慣れてないんだ」

 秀美が身を乗り出す。

「私は、別に君たちを威嚇したつもりはない。せっかくだから、まあお互い楽しくやろうじゃないか」
「どの口が……」
「まあまあ、いま《すーぱーあゆみんミニ四チーム》の皆さんのお食事もお持ちしますので……」

 迫力に圧倒されていたゆのが、慌てて厨房へ駆けてゆく。

 食堂は長いテーブルに十二人が並んで座るようになっていた。《フロスト・ゼミナール》は五人で座っているため、端にいる蘭の向かいには誰もいない。その隣に秀美が、はす向かいに奏が座る。あゆみは、奏の隣に座った。

「それにしても赤井、うれしいぞ。お前と決勝で会えるなんて。瀬名と万代、おそらく羽根木も、きっと喜ぶ」

 蘭が、刺身を口に運びながら言う。

「別に、私は氷室たちを喜ばせるために参加したんじゃない」
「うむ、わかっている。ところで噂に聞いているぞ、ニューマシン、マッハフレームはなかなか良いらしいな」
「どこで聞いてきたのやら……」

 秀美はため息をついた。

 奏は、蘭と秀美を交互に見つめる。ふたりとも一年生で決勝に進出してから、ミニ四チューナーとして競ってきた。その間、どんなやりとりがあったのかを知るすべはないが、半年前までろくに連絡を取っていなかった自身よりも、はるかに近い距離感ということは奏にも理解できた。

 《すーぱーあゆみんミニ四チーム》のもとに、前菜が運ばれてくる。かわいらしく盛り付けられた三種の前菜を、奏は注意深く口へ運んでいく。

「この間のレース、万代が乱入してきたんだろう」
「ああ」

 蘭の問いかけに対し、秀美の答えはあくまで冷たい。目線をやることもなく、目の前の料理に集中している。

「でも結局、直接やりあわなかったんだろう?」
「ああ」
「連れないな。私も映像は見ていたよ。同じFM-Aシャーシのマシンだがセッティングの方向性はまるで異なる。実に興味深い」
「見てたんだったら、くどくどと私に聞かなくてもいいだろう」

 秀美は吸い物を口に運ぶ。

「秀美と一緒に、もう一台走っていたマシン……なんだっけか」

 蘭は首を傾げ、上を向く。

「エアロアバンテ、ですよね」

 いらだちを隠そうともせず、奏が言う。

「そう、エアロアバンテだ」

 蘭は手をたたく。

「君は……ひょっとして、あのエアロアバンテのチューナーかい」
「そうですけど」
「ほう……」

 値踏みするような視線が、奏の顔、全身を巡っていく。得体の知れないものがはい回るような違和感に、奏は震える。

「正直、万代との接触はいただけなかったな。終盤に向けて余力を残していたのなら、もっと早くからベースアップしていても良かったはず」
「ぐ……」

 蘭の的確な分析に、奏は返す言葉がない。順位をコントロールするために、秀美のマッハフレームが予定していたスピン。それにどう対応するかばかり考えて、レース戦略どころではなかったのが事実であった。

「私もARシャーシ、シャドウシャークを使っているからわかる。何というか……本気でやっていたかい?」
「やってましたよ!」

 挑発的な蘭の態度に、奏が声を荒げてしまう。

「奏」
「会長」

 あゆみと秀美が同時にいさめる。

「ごめんなさい……でも……」

 奏はうつむき、箸を置く。

「そういうなら、見せてほしいな。君の……えーと」
「恩田、奏です」
「そう、恩田さんの、エアロアバンテの実力をさ。ちょうどここには《バーサス》もあることだし」
「氷室、勝手に決めるな」

 秀美が身を乗り出すが、蘭の口元から笑みが消えることはない。あゆみ、ルナ、たまおとたくみは、これまでのやり取りに口を挟むこともできず、成り行きを眺める事しかできない。

「どうせなら、赤井も付き合え。2対2ならエキシビションとしては適当だろ」
「む……」
「えっ……」

 秀美と蘭、そして奏、三年生どうし三人の視線が交錯する。その様子を、ゆのは止める事もなくじっと見つめていた。胸の前で抱えた盆を握る手に、力が入った。